回転投法の可能性 −回転投法の利点とは?(2)−
DC2 前田 奎
コラムをご覧の皆様,今回担当いたしますDC2の前田です.前回のコラムに引き続き,回転投法の利点に関して,大山卞(2010)の報告を中心に紹介します.
前回のコラムでは,回転投法は準備局面において空間的な利点があること,投げ局面に向けて運動量を十分に獲得し,投てき物に運動量を転移できる状態を確保することが重要であることなどについて説明しました.今回のコラムはこの運動量の獲得に関する内容です.
砲丸投を含む投てき競技では,リリースの瞬間の投てき物の速度(初速度)が投てき距離に最も大きな影響を与えることが報告されています(Hay,1993).大山卞(2010)は,リリースの瞬間に砲丸が持つエネルギーの由来は競技者の身体であることから,高い初速度を得るためには身体を十分に加速することが必要になると指摘しています.渋川ほか(1968)は,砲丸に対して大きなエネルギーを与えるためには,まず身体の中で発生するエネルギーが大きくならなければならないと述べています.また投げ局面(左足接地からリリースまで)に至る予備動作によって,エネルギーが大きく変化し,そのことがパフォーマンスに大きな影響を与えていることも示されています(渋川ほか,1968).さらに田内(2006)も,高いパフォーマンスを達成するためには,いかにして砲丸を含んだ競技者全体(=砲丸−競技者系:システム)のエネルギーを大きくするかが重要であることを指摘しており,予備動作の改善によって身体の発生エネルギーを大きくすることが砲丸に伝えるエネルギーを大きくする,すなわち初速度を高めるために重要であると示唆されています(大山卞,2010).
ここで回転投法に目を移すと,田内(2006)はグライド投法から回転投法へ転向して記録の向上に至った競技者による両投法間の比較から,回転投法で投げ局面の前に砲丸速度の落ち込みはあったものの,体幹の長軸まわりの全身の回転によるエネルギー増加が,結果的に全身のエネルギーの増加,ひいては記録向上につながったであろうと考察しています.Ohyama Byun et al.(2008),大山卞・藤井(2008)は,回転投法において,砲丸の速度が大きく低下する空中局面(左足離地から右足接地まで)や移行局面(右足接地から左足接地まで)でも,投げのエネルギー源である全身の運動量が維持または増加していたと報告しています.このことから,投げ局面のエネルギー源を確保するためには,システムの加速が重要であり,投げの準備動作の目的としては,砲丸自体を加速することよりも,全身による投げのエネルギー源確保を重視すべきであるといえます(Ohyama Byun et al.,2008;大山卞・藤井.2008).これらの先行研究からも,投げ局面において有効に砲丸を加速するためには,全身が十分なエネルギーを持った状態で投げに入ることができる予備動作が必要になるといえます(大山卞,2010).
ここまでの内容をまとめると,砲丸を遠くに飛ばすためには初速度を高める必要があり,初速度を高めるためには,砲丸を含めた競技者全体を加速させて大きなエネルギーを獲得することが重要になります.そこで低身長の競技者でも,全身で大きなエネルギーを確保することができる予備動作として,回転投法が挙げられます.
それではここからはその背景について,回転投法の運動形態の特徴に着目して説明していきます.
まず,スタートの姿勢に着目すると,グライドの際の基底面は支持脚の足底のみですが,回転投法では両脚支持のため,右足外側縁から左足外側縁間の横に長い基底面を示します(図1).予備動作のスタートにおける重心移動の範囲は基底面によって制限されるため,重心移動の可能性は回転投法の方が大きいと考えられます(大山卞,2010).さらに大山卞(2010)は,身体が小さな競技者にも,スタートにおける大きな体重移動が確保できることで,システムを加速する空間的な余裕があるといえるだろうと述べています.
次に,スタートにおける下肢の動作に関して,回転投法だけでなく,スプリントやジャンプにおいても,下肢による身体の推進は股関節の伸展を伴いながら,最終的に足部の底屈で完遂されることが通常であり,この動作は爆発的な地面の蹴り離しにも不可欠であると考えられます(大山卞,2010).一方,グライド動作では身体の後方に向けて移動するため,地面の蹴り離しも踵で行われることが多いですが,足関節は関節中心から力の作用点までの距離が短いという構造上,この踵で地面を蹴り離す動作には適していないとされています(大山卞,2010).しかし回転投法では,全身の回転を伴うものの,身体の前向きの推進が中心となることから,short sprint actionとも呼ばれ(McGill,2009),推進は歩行,スプリント,ジャンプなどの通常の移動運動に近く,股関節の伸展の積極的な利用や,足関節の底屈を伴う母指球からつま先による蹴り離しを用いたもの(図2)になっています(大山卞,2010).これらのことから大山卞(2010)は,
回転投法はグライド投法に比べて,より効果的なシステムの推進が可能であるといえると述べています.実際に,世界選手権大阪大会で22.04mを投てきし,優勝した回転投法のReese Hoffa選手(USA)は,予備動作によって得られた全身の角運動量(=回転の勢い)が高い値を示しただけでなく,並進運動量(=並進の勢い)においてもグライド投法のトップレベルの選手を上回っていたことが報告されています(Ohyama Byun et al.,2008;大山卞・藤井,2008).このように
回転投法によって大きな角運動量だけでなく大きな並進運動量も獲得することができるということは,ぜひ覚えていただきたいです.
そして,四肢の振り込みに関して,グライド投法では投てき方向に背を向けてしゃがみ込んだ状態から,非支持脚を後方に直線的に振り込むことで推進を補助しています(大山卞,2010).この振り込み動作は股関節伸展の関与が大きく,股関節には強力な伸筋(大殿筋,ハムストリングスなど)が存在するものの,その構造(強力な靭帯や筋群)の影響で,伸展方向の可動域は小さくなります(大山卞,2010).さらに大山卞(2010)は,上肢の振り込み動作についても,投げの構えを確実に作るためには積極的に利用することは難しいと述べています.一方,回転投法では,回転運動にともなって振り込み脚の股関節を外転することで,支持脚まわりに大きく振り回せるだけでなく,股関節の水平内転や屈曲方向(身体の前側)の大きな可動域と筋力を利用することで,さらに大きな振り込みが可能となっています(大山卞,2010).加えて,上肢についても下肢と同様に非投てき腕を外転位で振り回すことができるため,上肢による振り込みの効果も大きくなると考えられます(大山卞,2010).Ohyma Byun et al.(2008)によると,投てき動作中の全身角運動量は,下肢の振り込みに連動して大きな値を示しています.すなわち,
グライド投法では四肢の振り込みによる運動量の獲得は,予備動作の特徴からある程度制限されてしまいますが,回転投法では投てき腕を除く全ての腕,脚による振り込み動作が可能であり,それによってより大きな運動量を獲得することができると考えられます.前述のHoffa選手が角運動量,並進運動量ともに大きくすることができたのは,回転投法の利点を最大に利用した結果であるとされています(大山卞,2010).Hoffa選手のコーチであるBabbitt(2007)の報告では,Hoffa選手の予備動作なしでの投げ(立ち投げ)の最高記録は16.40mであり,予備動作に寄って5m以上の上乗せを生んでいることがわかります.このことからも,回転投法において,全身の加速がいかに重要な意味を持っているかをうかがいしることができます(大山卞,2010).
最後に,予備動作におけるエネルギー獲得に制限のあるグライド投法では,投げ局面の加速を重視するために,予備動作の動作範囲を小さく,投げの加速距離を大きく確保したshort-long rhythmの有効性が提唱され(Lanka,2000),採用される傾向にあるとされています(大山卞,2010).このようにグライド投法では投げ局面の加速そのものが重視されるため,投げ局面で作用する加速機構のスケール(レバーの長さや作用端から作用端の距離)が重要であると大山卞(2010)は指摘しています.つまり,
身長が大きな競技者にとってはグライド投法が有利な点が多いが,身長の小さな競技者にとっては不利な点が多いと考えられます(大山卞,2010).それに対して
回転投法は,投げ局面の空間は小さくなるものの,スタートの際の大きな体重移動を利用し,体幹を回し,四肢を素早く振り回す予備動作を用いることによって,低身長であっても全身に大きなエネルギーを蓄えて投げ局面に移行できる利点があると考えられます(大山卞,2010).すなわち,
回転投法におけるエネルギーを生み出す仕組みが,低身長であっても有利に機能するのであれば,「低身長に回転投法」論の状況証拠を裏付けるものとして,低身長の競技者が確信を持って回転投法を採用するための証拠になるであろう,と大山卞(2010)は述べています.
今年の夏に行われたリオデジャネイロオリンピックにおいても,決勝進出者12名のうち9名が回転投法,3名がグライド投法であり,表彰台を回転投法の選手が独占しました.またインターハイ男子砲丸投においても,回転投法を採用している選手が優勝しています.
どちらの投法にもメリット・デメリットは存在すると考えられますが,大山卞(2010)の報告を踏まえると,身長の小さな競技者が砲丸投において高いパフォーマンスを目指すならば,回転投法を採用する方がベターと言えるかもしれません.
4年後,回転投法を採用した日本人砲丸投選手が新国立競技場で世界トップレベルの選手と投げ合っている…そんな景色を見てみたいものです.
参考文献:
Babbitt,D.(2007)Reese Hoffa 2006.Modern Athlete & Coach,45:29-33.
Hay,J.G.(1993)The Biomechanics of Sports Techniques(4th edition).Prentice-Hall:Englewood Cliffs,NJ.,pp.469-480.
Lanka,J.(2000)Shot putting.Biomechanics in sport:performance enhancement and injury prevention.In:Zatsiorsky,V.M.(ED.),International Federation of Sports Medicine.Blackwell Schience.Malden,MA,pp.435-457.
McGill,K.T.(2009)A close look at Reese Hoffa’s winning throw at the 2007 World Championships in athletics.New Studies in Athletics,24:45-54.
Ohyama Byun,K.,Fujii,H.,Murakami,M.,Endo,T.,Takesako,H.,Gomi,K.,and Tauchi,K.(2008)A biomechanical analysis of the men’s shot put at the 2007 World Championships in Athletics.New Studies in Athletics,23:53-62.
大山卞圭悟・藤井宏明(2008)男子砲丸投−回転投法・グライド投法の比較を中心に−.バイオメカニクス研究,12:153-160.
大山卞圭悟(2010)陸上競技 Round-up 日本人男子砲丸投競技者にとっての回転投法の可能性−世界レベルへの挑戦のために−.陸上競技学会誌,8(1):56−63.
渋川侃二・吉本 修・植屋清見(1968)砲丸投のエネルギ的考察.東京教育大学体育学部スポーツ研究所報,6:63-68.
田内健二(2006)砲丸投げ技術の変遷からみた競技力向上への課題.体育の科学,56(3):213-218.